淑女が奏でる大胆な音?

柳琴の龍海先生に相変わらず指摘を受けること、それは「その美しくない見た目を何とかせんかい」ということ。
どんな楽器にも言えることですが、上手い人ほど「脱力」「リラックス」しているものなのですよね。
理屈的には、どんな楽器でもどこにも力が入っていなければ音なんて鳴らないので、力は確かに入っているのだけど、“余分な”力が入っておらず、傍から見ると涼しい顔して、ものすごくきれいな音を出している状態なのです。
で、わたくしのような初級者はとにかく弦を抑える指に力が加わると、まず小指が目立って力が入って突っ張って、そのうち自然に手や手首や腕までが強張ってくる、ピックを握る右手もだんだんガチガチになって、果ては身体まで強張ってしまうのであります。
もっとも、手の大きさ、指の長さにも個人差がありますし、小指は誰だって力が弱いのを無理して鍛え上げているわけですから、プロの方の演奏を見ていても、手の形(特に小指)が変な状態で弾く人いますけどね。

管楽器の人は、呼吸法をマスターできるまでは酸欠でぶっ倒れるなんてざら、練習しすぎて吐きそうになりながら練習したってゆーし、弦楽器の人は優雅に弦を押さえているように見えるけど、指の皮なんて相当厚くなっているし、腕と指の筋肉結構あるし、ピアノだって軽くタッチしているように見えるけど、実際は叩きつけているわけで(朗朗さんは子どもの頃、メンテナンス状態の悪い自宅のピアノの弦を何度も切ったとかってゆーし)、そうとう力を使っているのにそう見えないだけという、本当はものすごく体育会系だと思う…

そういう最低限かかっている力すら、他人には感じさせない基本的な美しさを身につけろということにはいちおう意味があります。
綺麗に演奏している方は、身体を壊さないし、だんだん上手になるものです。

そのほか、前々から言われているのは、根本的に「他人に自分がどう映るか」という美意識に欠けているということ。
これは、過去、別の楽器を習った時にはしつこく言われたことがないので、ちょっと不思議。
それとも、あまり言うとセクハラになりかねないので、特に日本人男性教師は我慢していただけなのかな???

「もっと「大胆」な音を出しつつ、姿かたちは「淑女」の見た目を保ちなさいよ」

これって、龍海先生の理想の女性?とか訳のわからんことをとっさに考えてしまいました…(^^ゞ
鏡を見て客観的にチェックしなさいとのご命令。
もちろん龍海先生だって、わたくしが正式な舞台に立つことを想定して言ってるわけじゃなくて(この年じゃ無理だわさ)単なる趣味でやっている中年だって分かってる上で言ってるんですよね。

でもね、確かに自分が見る側の立場に立つと、「見た目」って重要だと思います。
わたくしは女子十二楽坊のCDは買わないけど、DVDは好きなのですよ。
わたくしは宮本笑里のCDはDVDのオマケ付だと買うけど、もしこれがクラッシックだけが収録されたCDだったら絶対に買わない…
(…純粋に古典楽曲を聴きたいときは、巨匠と呼ばれるぐらいの人の音じゃないと、後でがっかりしてしまうから)
かつて河辺で笛子を吹いていたときも、どこかの知らない爺さんに「“女の子”が吹くと優雅でいいね」と言われたし…(“女の子”でなくて申し訳ない歳なのだが…爺さんにとっては“女の子”の範疇だったのか???)

わたくしの場合、生まれつきの見た目が悪いのはもうどうしようもないし、綺麗な音が出ているかと言えば、とんでもない話で、今から20年後はどうかといえば、4歳から習い始めて24歳で教師になった人の音と、今、三十幾つかのわたくしの20年後、婆さんになった時の音が同じになるわけがない。

人里離れた山奥で独りひっそりと弾くつもりでないのであれば、せめて、弾く時の手の動作くらいは人並みに綺麗に見せなさいよ、っていう龍海先生の親心でしょうか…世間の「女性が楽器を奏でるさま」という理想像を崩さないよう、本日も大きな鏡の前で練習したいと思います。

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