「古琴」というのは琴柱がなくて7本の弦が張ってある琴のことです。
日本語の「お琴」はいわゆる琴柱があって、本体が大きめの「筝」も含んだ概念として使用されてますよね。
ちなみに中国語の「琴」は、日本語でいうところの「お琴」以外にもありとあらゆる楽器を指す言葉になってしまっています。
例:鋼琴(ピアノ)
胡琴(二胡や板胡等の楽類)
口琴(ハーモニカ)
小提琴(バイオリン)
そのようなわけで、七弦琴のことを昔は単に「琴」と言っていたけど、今や他の楽器と区別がつかないために「古」を前に付け加えて「古琴」と呼んでいるわけであります。
12月3日、国家大劇院
古琴芸術講座に行ってきました。
講師は中央音大の趙家珍先生。
先生、講座の広告用の写真が可愛らしく笑っている写真だったので、いったいお幾つなのかなと思っていたのですが、教学30年とかって言ってましたからね…
しかし、舞台に立つ人は本当にあまり歳を感じさせないんですよね。
「会場から自分の演奏を披露してくださる人いますか」との問いかけに、ある女の子が挙手したので、さっそく先生は「じゃあ、小朋友こっちへどうぞ」と。
「小朋友」というのは小学生くらいの子どもに対する呼びかけです。
しかし、そのお嬢さん、見た目、あまりにも落ち着いていて、年増っぽいので、私の後ろに座っている男性2人がひそひそと「ありゃ、子どもじゃないだろ?」とつぶやいていました。
しかし、現実は本当に子どもで中央音大附属の中学一年生だそうです(^^;
古琴といえば、孔子が愛していただけあって、学問的には難しくって、音色的にも子供が楽しむような類の楽器じゃないからか、お嬢さんは12歳で20歳以上に見えてしまうぐらい精神的に成長してしまったのでしょうなぁ…
先生が最後に演奏してくださったのは、いわゆる現代曲で「春風」という新疆テイストの曲でした。
新疆手鼓との合奏であります。
私は弦をはじく類の楽器と打楽器、特に新疆の手鼓等はとてもよくあっている組み合わせだと思っています。
琵琶の呉玉霞先生もよく打楽器と合わせていますね。
(ちなみに、わたくしも新疆手鼓を所有してます。わたくしのはニシキヘビ皮じゃなくて羊皮なので安いけど~)
この春風という曲は、本当にこれ「古琴」?と思う程、音色的にもリズム的にも古琴のイメージをぶち壊してくれます。
まぁ、日本人的には中国の古き良き時代の「古琴」のイメージを壊さないでくれた方が受けるのかもしれませんが、中国人的にはきっと「西洋楽器にもまけないくらい表現力あるんだからね、これでもか、これでもか~」というのを見せつけたいのかもしれません(^^;
先生の「琴韻水墨」というDVDに収録されているし、あちこちでよく披露されるようなので、一度、聴いてみてぐぁらぐぁらと古琴のイメージを壊されてみるのも面白いかもしれません。
日本人が知っている古琴らしいかどうかという問題を別にすれば、新疆情緒あふれるとても感じのいい曲です。
Posted in 音楽あれこれ by 游鯉, 2011年12月5日 7:15 PM コメントは受け付けていません。
袁莎古箏藝術欣賞
2011年11月26日 國家大劇院 藝術普及 經典藝術講堂
国家大劇院では、週末になると芸術の普及活動として、いろいろな講演が行われていたりします。
今回は中央音大の袁莎先生とそのお弟子さん達。
今年、附属小学校に優秀な成績で入学したという9歳の女の子の演奏がありましたが、その指の動きの速さに「すげ~」と感心しました。まぁ、趣味で弾いているのと専門的な教育は全然違うので、その女の子が「すげ~」のは当たり前なんですけど、演奏技術がすげ~ばかりでなく、ほんと「自信」に満ちているんですよね。
音楽を専門にしている人は早ければ小中学生ぐらいから故郷を離れて大都市の音大の付属学校に入ってしまうので、精神的に大人になるのが早いのでしょうね。
袁先生も「臨安遺恨」を弾くたびに家のことを思い出したとかお話されていました。
余談ですが…わたくしの三弦の先生は12歳から音大附属に進学したため、一人で上京すれば、誰もうるさく管理しないので、煙草とか、いわゆる悪いことは全部、12歳で覚えたとかって言ってましたねぇ…
次に印象的だったのは、すべてスチール弦を使用したという筝が登場したこと。
手、痛くないのかなぁなんて、余計な心配ですよね。
多分、手にタコが当たっているだろうから、スチール弦がぴしっと張られていてもどうということもないのでしょう。
柳琴のスチール弦もかなりきつく張ってあるけど、私は痛くないものね(^^;
二胡を始めたばかりの人の中には、弦を押さえると痛いって言う人もいるけど、ニ胡って全然、緩いと思うけどなぁ。
わたくしの左手人差し指の先は三弦を弾いているため、かなり硬いです。時々皮がめくれたりしますが、それでもその下の皮膚は全然軟らかくないので、どんな強力な弦を押さえても別に痛くありません。
ちなみに二胡は宙に浮いた弦を触って音程をとっているだけなので関係ありませんが、三弦のように弦を指板に押さえつける楽器ですと(バイオリンとかもそうですよね)、同じところばかり押さえることになるので、かなり硬い木を使っているにもかかわらず、石の上にも十年じゃありませんが、そこが凹んでくるらしいですよね。ほんと、指の力って恐ろしい~
優雅によよよと弾いているように見えるけど、実は彼女らはとっても力があるわけで…
デコピンなんてされたら死んじゃいそう(^^;
Posted in 音楽あれこれ by 游鯉, 2011年12月3日 9:50 PM コメントは受け付けていません。
中国人の先生はちょっとこわい。
日本の音大の先生が怖いかどうかは知らないけど、お稽古の先生はかなり優しいよね。
まぁ、中国人の器楽の先生は自分が子どもの頃から親に叩かれながら練習してきたからという背景もあるのかもしれない。
普段、子どもや学生を相手にしているから、厳しいというのもあるのかもしれない。
完全に趣味だと割り切っているお年寄りにはさすがに優しいのかもしれない。
上達してほしい、回り道をしてほしくないという親心から鬼のように怖くしているともいえなくもない。
そもそも、中国語自体がわりと直接的で、日本人みたいにあいまいな表現を好まないので、ストレートに怖く感じるのかもしれないけど。
大学のレッスン室ではじめは真面目に言われたとおりに三弦の音階の練習していたのだけど、そのうち、なんか耳(音程)も指もマヒしてきて、「なんで、何回やっても改善されないのかな~」とぼんやり考え始め、指どこまでのばせるのかなとか思いながら、何度もそこだけ叩き直しているうちに、ほんと、音階練習していることを忘れちゃって、惰性で打ち続けてしまった。そしたら、ずいぶん離れたレッスン室で音楽系の学生のレッスンをしていたとしみね先生がこっちに歩いて来ていて、突然、わたくしのレッスン室に入っていらして「で、何練習しているわけ?」とものすごい形相でお聞きになる(^^;
(あまり防音が効いているわけではないので、廊下にいると各レッスン室の音が聴こえるわけで…)
慌てて言い訳したけど、ぼんやりいい加減に弦を叩いていたことは明白なので「ぼけ~っと惰性で弾かずに、真面目に練習しなさい!!!リズムも音程も全部デタラメだろうが!」と叱られました。
まさにそのとおりなので、自業自得なのですが、ほんと、怖かった。
素人のいけないところは、「練習の仕方そのものを知らないこと」なんだろうなと思う。
子どものころから専門教育を受けてきた人は、いかに指をならして、いかに基礎練習して、いかに毎日の練習メニューをこなすかよく心得ているけども、わたくしみたいなのは、途中から「何を練習していたのか」目的を忘れてしまうのだ…
最近、ニ胡のナナ先生も三弦のとしみね先生も、「どのように練習したらいいか」ということを具体的に教えてくださる。
多分、わたくしの練習時間が長い割には、全然、その効果が出ていないことにお気付きになったからなんだろうと思う。
そこまで具体的に指示しないと、横道に入って、道草して何が何だか分からず、ぼーっと弦と遊んでしまうわけで…(子どもより性質が悪いかも)
ちなみに、先生は突然、レッスン室に入っていくのが習性らしく、別にわたくしにかぎったことではなく、どこかから中阮や三弦の音が聴こえていると、突っ込んでいって何かしらアドバイスするのでありました。いつ誰が来てもいいように、緊張感持って弾けよ、という警告なのでしょうか。他の先生はどうなんでしょうね。
「さっきは先生の形相があまりにも怖かったので、言い訳しました。まさに、おっしゃるとおりぼ~っとしてました」とショートメッセージを打って謝ったら(?)「俺はそんなに怖くない。お前が回り道するのが、やばいと思っただけだ。真面目に練習しないとダメだ。このメッセージに返信不要!」と返事が返ってきました。
本気で怒ってくれる先生はありがたいものです…
先日、国家大劇院で箜篌の演奏家、教育者の崔君芝の講演を聴いてきました。
箜篌という楽器を間近で見たのは初めてだったのですが、すごくいい音しますね。
崔先生は、西洋のハープとの違いなどを説明しながら、三台の箜篌を使って、いろいろな曲を弾いてくださいました。
楽器自体は大昔からあるのですが、楽器や演奏方法の改革はまだまだなのだそうです。
ハープと違って、右と左の両面に弦がはってあります。
共鳴板は、ちょうど琵琶を真横にした感じで、筝のように琴柱があったりします。
そのせいか、演奏方法も、琵琶や筝の先生からいろいろ教えていただいて応用しているそうな。
弦はハープより軟らかいらしい。
そして、両面に弦がはってあるので、反対側の弦を波打つように押さえれば、筝と同じようにビブラートがかかるわけですが、張力がちがうので、筝のようには大きなビブラートはかけられないそうです。
古代はほとんど男性が弾いていたらしいですが、現代ではハープみたいにやっぱり女性っぽいイメージがあって、弾くのは女性がほとんだそう。
「ちなみに、箜篌一台いくら?」という質問が会場からありました。
わたくしもききたかったので、よくぞ聞いてくれましたって感じ。
演奏用に使用する楽器だと最低1万7千から2万元くらいとのこと。
あぁ、欲しいかも(^^;でも誰が弾くんだ?あたしゃ弾けない。今から勉強しようにも、先生がいないし、なにより、あれは見た目の華やかさとは裏腹に、体力と指の力がいるんだよねぇ…
Posted in 音楽あれこれ by 游鯉, 2011年11月13日 1:26 PM コメントは受け付けていません。
余談ですが…
ニ胡だけ習っているなら問題ないのですが、同時に別の全く違う楽器をやっているという場合、二つの違う種類の楽器の練習を続けざまにすぐやるのはよくないということを指摘されました。
何をやってるかって?
実は三弦をちょっとかじって…
三弦とニ胡、右手の力の使い方がほとんど正反対なんですよね(^^;
大まかな力の向きが三弦は縦方向、ニ胡は横方向。
三弦は人差し指と親指にものすごく力を集中させて弦を弾かないと三弦本来の音はでないけど、ニ胡の場合、親指と人差し指にそんなに過激な力はかからない(力かけて緊張しちゃったら、ちゃんと弓が引けないと思う…)ニ胡は内弦に入るときに中指と薬指に力がかかると思うけど、三弦は五輪指でもないかぎり、親指と人差し指以外の指は脱力状態…ニ胡は上腕も動くけど、三弦は上腕なんてほとんど大事な役割を果たしていない。ニ胡でものすごく大きな音を出そうとするとき、腕と身体をものすごくゆらすことがあると思うけど、三弦では見たことないなぁ…あくまでも指の力が主。
そういうわたくしは指の力が弱くて(実は握力はものすごくあるのですが、それと指力は別物みたいですね)、三弦本来の音がまだ出てくれない…
先生も姉弟子も涼しい顔して、ものすごい瞬発力のある音を出すのだけど、一体全体、どうしたら腕全体の力が指先だけに集中するのか、本当に不思議だ~
ちなみにわたくしは指の力よりも手首の力の方が大き過ぎで、無駄な力がかかりすぎます。
前置きが長くなりましたが…そういうわけで、ニ胡の練習の合間に違う楽器を弾きたくなったら、とりあえずご飯食べたり、ネットしたり、本読んだりして別のことをしてからにしましょう。そうでないと身体が混乱するかもしれません(わたくしだけ?)
ニ胡と京胡とかなら、別に問題起きないのかな?(経験ないから分からない…)
三弦の練習日記は書きようがない。
指の動きをうまく文字にできない。
最初は一弦(Gの音)をダウンで弾くだけをずっとやる。
文字で書くと簡単だけど、この単純なことが正確に出来ないのですよ。
6回目のレッスンで、やっと「方法は正しいけど、まだ指の力が足りない、瞬発力がない」という程度。次に親指の弾き方(アップ)を教えてもらったけど、こっちはもっと難しい。親指を自分の方に向かって斜め後ろに弾くという行為は日常生活ではあり得ない動作なので、そもそも指が固まって開かない…指の力が足りなくて手首の力を大きく借りたくなる…日本の琵琶や三味線が大きな撥を持つ意味が何となくわかりました。あれくらい大きいと大きな力をかけるのに便利でしょうね。指の力を主力としている中国三弦、おそるべし。わたくしのような大女はともかくとして、かよわい女の子には向かなさそうな楽器なのに、姉弟子は子どものようなものすごくちっちゃな手で、バリバリ弾く…おそるべし。
わたくしのような大女が中国の大三弦を持つと、妙にしっくりくるので、とっても嬉しい。ニ胡とかって軽すぎ、竿も細すぎ(^^;
ちなみに三弦弾ける人は、子どもの頃琵琶をやっていたという人が多いような気が…
結局、オケだとソロでないと出番がないので、オケでは琵琶か中阮を持ち、弾撥楽器はほぼ網羅するぞみたいな感じかも。
日本じゃ人前で三弦弾く機会なんてなさそう(寂しい…)なので、「ニ胡の名曲の変奏パートを勝手に作って、ニ胡と二重奏したら楽しいかも」と、としみね先生に言ったら
「どっちも旋律感の強い楽器だからなぁ…お互いに伴奏しあうということはないし、まぁ、うまく編曲できたら、将来聴いてあげるよ」と苦笑されました(^^;
いつか本当にやってやろうじゃないの(^^;
一人で二重奏は無理だから、としみね先生には聴くだけじゃなくて、三弦パートを弾いていただかないと(^^;
あんまり変だとそれぞれの楽器の奏者から冒涜だとかって言われれるのだろうか?
しかし、演奏形式って人が創るものよね。
最初は誰がやったって「変」 わはは。
Posted in 三弦, 二胡, 音楽あれこれ by 游鯉, 2011年4月27日 9:30 AM コメントは受け付けていません。
どの楽器の先生にも言われ続けてきたことですが、
わたくしの演奏は「本当にそっけない」「気持ちがこもっていない」「表現力がない」「ツマンナイ」
原因はきわめて簡単…
本人が表現しようとしていないから(^^;
技術がめちゃくちゃで音程も外しているくせに、堂々と楽しそうに弾いている人、いますよね…
嫌みではなく、本当にそういう人が羨ましいです。
実際、大した腕でなくとも人前で弾いている人もいるし、それで自分も周囲も楽しんでいることはたくさんあります。
わたくしは他人に否定されることが怖くて、自分を出せません。
「下手なくせにバカじゃないの」って言われる(思われる)のが、ものすごく怖い。
プライドが高過ぎるんでしょうね…
もちろん、忘年会等で弾く時は、自分一人じゃないし、遊びとして弾くだけなので傷つきませんが…
違って笑われるのも演出の一つですから(笑)
本気で習っている楽曲を本気で人前では弾けません。
そもそも、自分を肯定してもらった経験がないので、自分が信じられない。
しかしながら、そもそも自信なんてものは他人の評価に左右されてもどうしようもないので、自分で確立するしか仕様がないわけですが…
先生にも言われました。
「セールスマンが自分の商品をよいと思っていなかったら、誰がそんな商品買うのよ、演奏に限らず、何をするにも自信がなければ始まらない」
へへへ。自分の半分くらいしか生きていない若い人(先生)に人生を語られてしまうのは情けないなぁ。
もちろん、彼女らは子どものころから過酷な競争社会で生きてきて、自分に自信がもてなかったら舞台に立てないのですから、普通の人よりこういう部分ではものすごく大人なのでしょうけど。
そもそも、わたくしは何で弾くことにこだわるのか。
ちゃんと弾きたいから、習いもするし、何時間も練習する。
弾きたくて、何かを表現したくて弾いているにもかかわらず、心の扉が全然あかない。
とっても苦しいし、そういう状態で何かを弾いても、それは音符の羅列であって楽曲ではない。
もう、どうにもならないのだったら、いっそのlこと弾かなきゃ、こんなに苦しくないのにね。
すべてやめちゃえばいいわけよ。誰かに強制されているわけでもないし。
自分が費やしているお金や時間、精神的な対価を考えたらほんとワリにあわない。
でも弾きたいんだからどうしようもねぇ~
とにかく、最近落ち込んでいることは先の日記に書いたとおりです。
悪循環にハマっている感じです。
二胡のレッスン場所は友人の音楽教室(子どものピアノレッスンがメイン)なので、ピアノはすぐそこにあるんですよね。
(だからレッスン時はチューナはいらない)
音程が分からない自分がもう哀しくって、哀しくって、どっぷり落ち込んでいたところ、友人が
「あなた理想高過ぎるからね~そんなに無理しなくても、もっと楽しく弾こうよ、私なんて1年も同じピアノ曲弾いてるけど、ぜんぜんパスできない~」
と励ましてくれました。
この友人はピアノ講師というわけではなく、教室運営と事務をしているのですが、子どものレッスン前の練習に付き合ったりもしますので、有る程度、ピアノは出来ます。
友人は事務の合間に職権を利用してピアノを習っているわけですな(^^;
友人は琵琶は子どものころからやっているので、まぁ、そこそこできるものの、「ピアノは大人のレッスンなので、手が早く動かないもんね」と笑いながらモーツァルトをちょっと弾いてくれました。
「あなた子どもの頃、ピアノやってたんだったら、簡単な曲なら弾けるかもよ」と中央音大のピアノの試験(初級)の本を渡され、2級(すげー低いレベル…)にクレメンティのソナチネがあったので、それをカメさんモードで弾いてみました。
(20年以上弾いていないし、先生もわたくしも熱心ではなかったため本当に何も弾けないんだな…)
ははは、そんなに遅く弾いてどうするという、「こらひでえや」という演奏してしまいました(^^;
あぁ、どんなにいい加減に弾いても、音程が狂わないのが嬉しい…と変なところで感動してしまいました。
鍵盤楽器に浮気したい。
でも、これまでいろんな楽器を超浅く渡り歩いてきたけど、それぞれの楽器にそれぞれの難関があるんだよね。
要はその難関を超えられるかどうかって、結局、その楽器やその楽器を使った楽曲にどれほど惚れているかってことなのかなぁと思ったりするのでした。
あぁ、二胡はいつまでたってもポジション移動するたびに音程ずれるし、柳琴は相変わらず持ちづらいし…
10年後、まっとうに独奏曲を弾くことができるんだろうか?
レッスンのとき、ナナ先生は松脂が大好きだと言う話になりました。
子どもの頃、あまり裕福ではなかったナナ先生の両親は、松脂が少なくなってきて付けにくくなると、溶かしてまた丸い固形にしてナナ先生に渡してくれたそうで、その溶けて元通りになるのが不思議で面白いなぁと思ったナナ先生は、その後、松脂を見ると「かわゆい」と感じるようになったそうです。
(溶かして使うのは品質上よくないでしょうから、今は当然そんなことしないそうですけど)
もっとも、弦楽器やってる人は、使ったことのない松脂を見るといろいろ試してみたくなるという人は多いんでしょうね。
でも、ナナ先生、今使っているある松脂が好きと言っているわりには、メーカーも名前も覚えていないんですよ。
輸入物で、大抵、北京のどこの楽器屋でも売ってて、筒型で色がいろいろあるやつで、紅いのがいいって言ってるんですけどね。
箱が紅いの?それとも松脂自体が紅いの? ナナ先生のお気に入り、よくわかんねぇ…
いろいろな色があるっていうと、ドイツのピラストロだろうか???
Goldflex か Obligato かなぁ?
松脂自体がカラフルっていうなら、スーパーセンシティブ クラリティ スペクトラム?
(でも、これは、色が違うだけで、色によって性質違わないよね?)
じゃ、やっぱ、ピラストロ???
ちなみに、わたくしは、ベルナルデルだったりする。
ナナ先生は「これ、使ったことないわ~」としみじみ眺めて、しみじみとわたくしの弓に塗って、しみじみとわたくしの二胡を弾いた後、
「この松脂、悪くないわよ、いいけど、やっぱ、私は自分が今使っているものの方がいい感じ」とのご感想。
「で、人民元に換算するといくら?」とお尋ねになるので「190元~200元くらいじゃないですかね」と答えたら、「ちょっと高いわね、私が今使っているものは、200元しないけど、いいよ~」とのこと。
もし、おっしゃっている松脂がピラストロのオブリガードであるのならば、確かにベルナルデルよりは安いよね。
機会があれば、箱を見せてもらいたい…
ナナ先生は中国産もいろいろ試したけど、あんまり好きじゃないとのこと。
言えるのは、高価で品質がいくらよくても、二胡に合うかどうかはまた別問題だったりするし…
欲しい音がどういうものなのかによってもお気に入り度が違うだろうし…
粒子の粗さとか、ねばり感とか違うもんねぇ。
人によって使っている弦が違うから、ある人が好いって言っても、別の人が好いと感じるかどうか分かんないしね。
ちなみに、ナナ先生がよく使う弦とわたくしが使っている弦は同じだったりする。
FANGFANG専業用二胡弦 (青)(内外弦セット)中芸科技製
2、3ヵ月毎くらいに張り替える(日本で買うと多分1000円以上すると思う)
ちなみにナナ先生にいわせると、これよりもっと高い弦も使ってみたけど、これで十分だとのこと。
わたくし自身は、これより安い弦も高い弦も使ってみたことあるし、銀の弦も張ってみたこともあるけど、わたくしの腕では音色がどうこうっていう差は正直、出ないと思う(何で弾いても下手は下手~)。
じゃ、自分が弾きやすけりゃいいじゃん、チューニングしやすけりゃいいじゃんってことで、これをずっと使用しております。
じゃ、次は、ナナ先生にメーカーをきちんと確認して、同じもの使ってみようかなぁ…
本当は、新品の同じ弓を何本も使って、一度に数種類試してみたいんだけど(^^;
22日から24日まで中秋節のお休みでした。
休暇中、柳琴の先生のお宅を訪ねて江蘇省の徐州におりました。
いや~北京とか上海とかなら、道も心得ているし、お買いものに行ったり、観光したりとか独りでも遊べるのですが、徐州ってどうしていいのかほんと分からなくて、結局、先生と先生の息子(同じく先生なんですが…)と先生の学生にくっついて(?)過ごしました。
日記は後日アップします。
先生から中国語でも書いてと言われており、書いたのですが、文法チェック、内容チェックをしていないので、まだアップできません。
とりあえず、ちゃんと北京に戻ったことを書かないと、心配する友人がいるので、どうでもいい話題など…
さて、楽器を弾くようになってから、他人の手がやたら気になるようになりました。
先生にて会ってまず、言ったセリフが、「先生の手を見てもいい?」
どうぞ、と差し出した先生の手は、まぁ、大きいのですが男性なら一般的な大きさ。
わたくしと手を合わせてみると、わたくしの方が明らかに指が長い。
そこで、負けるものかと思ったのかどうか知りませんが、先生は「こっちは右手だから長くないけど、左手はもう少し長いんだよ」と言って両手を合わせて見せてくださいました。
ほんとだ、先生の左手の指は明らかに右手の指より長い。
「子どものころから、柳琴弾いているからね」とおっしゃり、「息子はもっと幼いころからやっているから、もっと左右の差がある」と教えてくれました。
ひょぇ~そんなに違うものなんだと思いましたね。
そういえば、子どもの頃、琵琶を弾いていた友人は、手の広がり方が左右で明らかに違いました。そんな彼女が真剣にピアノを弾いてみると、左手は上手なんだけど、右手がちょっとどんくさい。
普通の人がピアノを弾く時は、右手は器用に動くけれど、左手がどんくさいのだけど…
あぁ、やっぱ、子どものころからやっている、って全然違うんだなぁ(当たり前ですね、4、5歳、遅くても7歳くらいから20年以上やるわけですから)、どうせ、わたくしは大の大人になってから始めたからねと内心拗ねていたのですが、後で自分の両手をきちんと合わせてみてビックリ。
左手の指の方が微妙にちょっとだけ長い…
え~うそ???
わたくしなんて、柳琴にせよ、二胡にせよ、学習期間1年未満だよ?
いつも、「くそう、指がきちんと広がらないと音程が狂うじゃねぇか」と一生懸命、指を伸ばして弦を押さえていたら、伸びるものなんだねぇ…驚き。
子どもの頃からやっていると、身体がその楽器の必要性に合わせて成長するというのは知っていたけど(バイオリン奏者等の歪み方は分かり易いそうですが…)、子どもでなければ、指が伸びたりすることはないと思っていたのに。
準備体操の長弓
いつもの速めのスピードはこのまま練習し続ければOK、レッスンではもう弾かなくてもよろしい、次からはものすごくゆっくり弓を使って練習しなさいということになりました。あぁ…超のろい亀スピードなので、手がこわばる…音が切れそう…これを均一にしろってか???
準備体操2 音階練習
DGCFAB♭の音階を第三ポジションまで一通り弾く
一時間目 「二胡音階練習」王国潼編著 人民音楽出版社
7.D調上把位模進練習一
9.D調上把位至中把位模進練習一
14.D調上把位至中把位音型模進練習二
27.G調上把位模進練習二
28.G調上把位至中把位模進練習一
32.G調上把位至中把位音型模進練習二
39.C調上把位音階模進練習一
41.C調上把位音階模進練習三
43.C調上把位音階模進練習五
58.F調上把位音階模進練習一(前回からの持ち越し)
59.F調上把位音階模進練習二(前回からの持ち越し)
77.B♭調上把位音階模進練習一
どうやら、わたくしは弓を引く時の出だしだけ、若干速めで、押すときは正常な速度のようなのです。引く時と押す時でスピードが違えば当然、音に妙な強弱がつきますよね。
均一になるように注意が必要です。
また、スラーを弾くと、右手と左手の動作に微妙なズレができて、音がぼやけます。
クリアに音をだしなさい、右手と左手はちゃんと協調しないとだめよと注意を受けました。
二時間目 中央音楽院考級曲目3級
とりあえず、目標とする級と時期、課題曲を決めました。
選択必須練習曲 とりあえず「アルペジオと分散和音練習曲」か「F調ポジション移動練習曲」にしましょうということになる。
選択練習曲 「自然ハーモニスク練習曲」
「ハーモニスクなんて簡単だから、これいっちゃわない?」とナナ先生に薦められ、わたくしも「じゃ、習ってみたいから、そうしちゃおう!」と安易に決まりました。
選択必須楽曲 「良宵」
選択楽曲 「花歓楽」
つまるところ、先生のお考えでは、快弓は当分、避けようということなのです。
やはり教える人によって考え方がだいぶ違うものなのですね。
龍海先生(仮名。わたくしの最初の二胡の先生)は、基礎が固まってきた段階で、「賽馬」をわたくしに教えるつもりで、何度か、わたくしの前で弾いてくれました(この曲も同じ級です)。つまり、有る程度の段階で快弓を教えてしまうつもりだったのでしょう…ナナ先生は後回しにする方針なのですね。
やっぱり右手の技巧は左手の技巧に比べると習得が難しいってことなのかな???
ナナ先生は選択楽曲に「蘇南小曲」を薦めたかったみたいなんだけど、知らないのでパス~。
その次にナナ先生お勧めの「花歓楽」にしました。
これは、わたくしの好きな江南絲竹「歓楽歌」の変形なので、覚えやすいかなぁと思っただけ(怠け者…)
今回は、どういう風に進めていこうかという話がほとんどで何も弾いておりません。
次はデタラメでも何でもいいから、やれるところまで、通して弾いてきなさいとのことです。(え???ナナ先生も大胆ですね、最初だから、かなりめちゃくちゃでもいいということらしい)
もちろん、わたくしの今の実力では、音、狂いまくることは必須(^^;
とりあえず、別に今すぐ受けるわけじゃないので、音はぼちぼち合えばいいってことにしよう。
おまけ 中央音楽院考級曲目1級
いきなり3級の曲は無理なので、1級の曲でも弾きましょうということで、陳振鋒作曲「山村初暁」 楽曲。
楽曲の弾き方をぼちぼち教えてあげるからということで、簡単だから、次回これはちゃんと弾いていらっしゃいと言われました。
ちなみに、試験対策だけすると応用の利かない「生煮え」状態になるものなのですが、ナナ先生は「私の学生はそんな目に会わせない、あたしが付いている限り安心しなさい!」とのことで、基礎は基礎、試験は試験との別メニューです。
ちなみに、先生いわく、「あなたはちょっと特殊なケース」。
こういう教え方は通常しないそうです。
理由の一つは、趣味の人は通常、そこまで一生懸命にならない、なる必要もないし…二つ目は、中国人であれば、将来的に教えてあげられる時間がいっぱいあるので急ぐ必要がない、三つ目は、今のところわたくしの飲み込みが早いので、このままやらせてみようと思ったということらしいです。